大学院民訴レジュメ

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定期金賠償と鑑定 unit.18 

Q1
1)@定期金賠償とは、たとえば被害者が生存している間は継続して発生する治療費、介護費用などのように、将来にわたって損害が発生しつづけることが確定的に予測される場合に、この損害額をあらかじめ確定し、その支払いを定期に行うことを命ずる賠償方法である。
@ⅰ定期金賠償では、損害がいつまで発生しつづけるか不明の場合に、損害が発生するたびに賠償を求めて訴訟するという手間がなく、また、賠償額が定期に受け取れるので、被害者が将来の設計を立てやすいというメリットがある。また一時金賠償と異なり、加害者にとっても一度に大きな賠償金を支払うという経済的負担が軽減される。定期金賠償方式のデメリットは、ⅱの記載のとおりである。
ⅱこれに対して一時金賠償では、定期金賠償のデメリットである①加害者が将来にわたっても賠償支払い能力があるとは限らず(賠償義務者の資力悪化の危険性)、②貨幣価値の変動などの事情変更があった場合の対処方法がない(もっとも民訴117条の活用による解決は可能であるが、訴訟によることになる)、③将来請求として確定できるものに限られるという現実の下、一時金賠償による方法なら被害者が自らの責任で賠償金を将来設計のために組み立てられるというメリットがある。また、加害者にとってもいつまでも賠償金という負債を将来に亘って負担するという重圧から開放される。もっとも、損害が将来のどの時期にまで及ぶのか不明な場合、一時金賠償は正当な損害の補償を欠くという非難を免れない(デメリット)。

2)判例によれば一時金による賠償の支払いを求めている場合に、定期金による支払いを命ずる判決をすることはできない(資料1、資料3)とするものがある一方、賠償義務者が、控訴し、定期金賠償によるべきであると主張した場合にこれを一定の条件の下に認めたもの(資料2)、原告の合理的意思を推測して、原告の申立ての範囲内であるとして定期金賠償を命じた判決(資料4)などがある。
民事訴訟法117条は、定期金による賠償を命じた判決の変更を求める訴えを一定の条件の下(後発後遺症、賃金水準、その他の事情変更)にこれを認めているから、一時金による支払いを求めている場合に、定期金賠償の判決をすることは認めてもよさそうである。
問題は、一時金か定期金かの賠償の申立ては、裁判所を拘束するか、という理論上の構成にある。主文は当事者の申立てに対応しなければならないから(253Ⅰ①)、一時金を当事者が求めているのに定期金による支払いを命ずることができるであろうか?一時金による賠償も、定期金による賠償も当事者の申立ての範囲内であると解する立場は、当事者が求めているのは賠償であって、その支払い方法についてまでは裁判所を拘束しないと解しているのであろう。これに対して、賠償方法の変更は当事者の申立てをまたなければならないとする立場では、定期金賠償、一時金賠償はそれぞれ別個の請求を構成することになる。しかし、後者のように解すると、そもそも定期金賠償請求の訴訟物と一時金賠償の訴訟物は別個ということになり、裁判所に対する拘束が強く、いきすぎた当事者主義であると非難されよう。そこで、賠償方法の選択を裁判所の裁量とすることは、当事者が予期しないような形で一時金から定期金、あるいは定期金から一時金へと賠償方法を変更することは、当事者にとって不意打ちになるし処分権主義にも反する。さらに法的安定性を欠くことにもなりかねない。やはり、釈明権行使、当事者の合理的意思の推測などを通じて、当事者の申立てない賠償方法を模索すべきであると考える。なお、一時金を求めているのに定期金賠償は認めず、定期金を求めた場合に、一時金による賠償は差し支えないものと解する見解もあるが、技巧的にすぎるように思われる。
3)認められるべきでないとする見解(資料5):定期金賠償の請求は、将来の回帰的給付の訴えのためのものであって、本件では、これに当たらないからである。別の言い方をすれば、定期金賠償の前提たる「生きている」という前提を、その前提がもはや存在しないのに定期金賠償の対象とすべきではない、それはむやみに法制度を混乱させ、法的安定を害するということである。          
これを認めようとする見解(資料6):①まず、逸失利益の賠償であろうと、将来の介護費用であろうと、すべての損害が不法行為時に発生したものと観念されるのであり、将来における介護費用であっても、その発生は不法行為時と解されるべきである。②一時金による支払いと定期金損害賠償は法的には等価値である。③賠償義務者にとって支払い時期において、定期金賠償の方が有利である。また、分割払いの請求と解すれば、一括の弁済も許されるので、義務者にとって不利になることはない。④死亡逸失利益については、後遺症損害逸失利益や将来の介護費用などと違って、一時金をあえて定期金賠償方法をとる実益は乏しいが、法定利率と実勢利率の乖離を考えると、定期金賠償方式の方がこうした乖離がないため、定期金賠償の方がより有意義な制度であると言える。そうすると二者のそれぞれの立場からしても、これらは処分権主義の問題である。
4)一時金賠償の分割払い請求は、履行期を徒過した損害賠償請求権の一部について新たに期限の利益を付与するもの(資料7)と解されるが、定期金賠償は、そもそも将来の回帰的給付請求であり、その債権の発生は、不法行為時であったとしても、支払い時期は、それぞれ将来のものであって、期限の利益の付与によって支払い期限が定期的に満了するというものではない。しかし、処分権主義によって定期金賠償か一時金賠償か請求権者が選択できるものであるなら、一時金の分割支払い請求もこれを認めないゆわれはない。

Q2
1)本件のように判決確定の直後にX1が死亡した場合、X1の生存を前提に計算され言渡された一時金の支払いを命ずる判決は、一見すると著しく衡平の理念に反するように思われる。しかし、理論上の問題点が残る。
 @請求異議の訴えについて:介護費用算定の前提となる「被害者が一定期間生存する」との判断は、裁判所が被害者の年齢、後遺症の程度、健康状態などにより(証拠に基づいて)認定したものであり、事実認定の問題である。そうすると被害者が判決で認定された時期と異なった時期に死亡したことが事実認定に大きな誤りがあったということはできても、口頭弁論終結後に発生した給付請求権の(後発的)消滅と同視すべきではない。そうすると、請求異議事由にはあたらない、と解すべきではないか(資料8)と説かれる。もっとも判例は信義誠実の原則に反し、権利濫用の嫌いなしとしない、として請求異議事由としてこれを認めている。
 @不当利得返還請求の訴えについて:執行終了後であれば、不当利得としてこの執行によって得た賠償金を取戻せないか、という問題である。単なる生存期間の認定の誤りは再審事由を構成しない(338条1項)からである。この点について判例はないが、もし不当利得を肯定するならば、それは衡平の理念によってこれを認めるという構成をとることとなろう。
 @他に取りうる手段はないか:ない。(考えつかない)
2)事情変更を理由に一時金賠償の確定判決後にこの額の変更(追加請求)することができるか、という問題である。既判力に抵触するとも思われるかかる請求を定期金賠償における117条の類推適用による可能性の是非を論じなければならない。
 一時金賠償は、基準時として最終の口頭弁論終結時における算定を基礎としているから、その後の事情変更(介護費用の急激な増加)を後発後遺症と同様に考えてよいか、ということについて検討しなければならない。
 介護費用は後発後遺症のように基準時以後に発生した新たな症状=損害ではなく、その損害の賠償の算定の基礎たる社会事情の変化によるものである。かような社会事情の変化をすべて認容して増額または減額を認めることは法的安定性を害し、好ましいことではない。しかし、他方、社会事情の変化に対して、これを基準時の判断のみを絶対としてその変更を認めないことも正義と衡平の観点から望ましいものでもない。そこで、一時金賠償にあっても、定期金賠償を命ずる確定判決の変更を求める訴えが認められる範囲で、具体的には、「口頭弁論終結後の後発後遺症、賃金水準その他損害額の算定の基礎となった事情に著しい変化が生じた場合」に限って、一時金の増額を認めるべきであろう。
3)@後遺症の悪化は、後発後遺症と同視できるであろうか?出来るとするならば、117条による変更の訴えが認められて良さそうである。後遺症の悪化は、予見できなかったか、あるいは予見できても、これを賠償額の算定の基礎とすることができないような特殊な事情があった場合を除き、悪化の程度が著しいものであれば、117条の訴えの対象となると考えてよいであろう。
@117条は、費用の増加に限定しているわけではないから、その変化が著しい場合にはYより定期金賠償の減額請求も可能であると解すべきである。

Q3
1)当事者の申出がなく、明文の規定を欠く場合でも、裁判所は職権で鑑定をすることができるか、という問題である。
 通説は弁論主義の原則から否定的であるが、鑑定人を裁判官の判断能力を補充する証拠方法であるという点を強調する学説からは職権による鑑定は肯定的に捉えられている(資料11)。肯定説の根拠として、①213条の文言の解釈、②科学裁判において、その必要性が高いこと、③通説のように解すると裁判所が鑑定の必要を感じても、当事者がその申立てをせず、釈明にも応じないとき、鑑定が利用できないという不都合が発生する、を理由にあげている。
 ③の不都合については、通説からは、調査嘱託や釈明処分としての鑑定で補充されるとの反論がなされている。
 私見 としては通説を支持する。①213条の文言「鑑定人は、受訴裁判所、受命裁判官又は受託裁判官が指定する」は、鑑定人の指定をするのが誰かを規定しているにすぎず(当事者は指定できない)、鑑定をするか否かの権限までも規定したものではない、と解すべきである。②科学裁判においても弁論主義の原則は堅持されるべきであり、いたずらに鑑定人を裁判所が指名することは、当事者主義の原則を反故にするばかりか、科学界でも見解が対立するような場合には、裁判にバイアス(偏向)がかかりかねない。③については、通説の反論で十分であろう。
 結論としては裁判所としては釈明権を行使すればよい。
2)鑑定人の鑑定意見は、どこまで裁判所を拘束するか、という問題である。裁判所の能力の補充といっても、①裁判官(裁判所)が理性までもその領域で失っているわけではないので理由なしに鑑定意見に盲従すべきではない、②裁判官の独立の原則からも鑑定人の意見に拘束されるとするのは適当ではない。それゆえ、裁判所(裁判官)は、鑑定意見の結論に拘束されることなく、鑑定理由全体から自身の見解を形成すべきである。


 
 
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by civillawschool | 2006-07-06 12:19
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